/* THKアクセス解析 */
管理人ayu

福岡市在住。エンタメ、ラジオ、音楽、ガジェット好きです。2000年頃から長いことやってます。日々の暮らしを豊かにする何かを探しております。
SNSでは毎日なにかしらのオススメを更新しております。どうぞ宜しくお願い致します。
詳細な自己紹介 → このサイトについて
はじめての方にオススメ → 今月の人気記事一覧

twitter  instagram

[コピペ]いい話

507 :名無しの心子知らず 投稿日:2008/06/11(水) 21:25:12

検診の帰り、電車事故で急に電車が寿司づめに
降りるに降りられないでいると壁際の私を囲むように両腕が

振り返れないでいる間にも、どんどん人が 乗って来る。

うすうす恐怖を感じる混み方だった、でも後ろの誰かが腕を突っ張ってくれているのでなんとか赤に負担を掛けずに済んでる。
見 たらスーツの女性の腕

細いのにすごい頑張ってくれている。

ターミナル駅で人がたくさん降りていくとき、流れに乗って私も 降りた。

洒落抜きに私と赤を守ってくれた腕の人は、一見きつそうなメガネのキャリアウーマンだった。

後ろ頭がぐちゃぐ ちゃになっていた。

感謝してもしきれない

[コピペ]いい話

335 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2008/10/31(金) 11:43:15

大学が決まり一人暮らしの前日の日
親父が時計をくれた。
金ピカの趣味の悪そうな時計だった。
「金に困ったら質に入れろ、多少金にはなるだろうから」
そういってた。
二年生のある日、ギャンブルにハマリ家賃が払えなくなった。途方にくれていた時。
ハッと気がつき、親父の時計を質にもって行った。
紛れもない偽者であることが判明した。
すぐに親父電話した。

俺「おい!偽者子供につかませんなよ!」
親父「なっあてになんねーだろ人のゆうことなんざ。困った時にこそ裏切られるんだよ
最後の頼みの綱になー。がはははは!これが俺の教育だよ。」
親父「でいくら必要なんだ?金に困ったんだろ?」
俺「・・・・あきれるわ。十二万貸してください・・・」
親父「明日振り込むから、何があったかは聞かない。金がない理由は親にいえない事が多いわな!」
親父「がはははは!女にでもはまったか?このバカ息子が!!ははは!!」

正直心底むかついたが、親父の声は俺を安心させてくれた。
今思うと、小さい会社だが経営者らしい教育だったのかなと思う。
そんな親父も去年の夏、ガンで死んだ。往年の面影も消え、ガリガリになった親父が
また時計をくれた。まだ箱に入った買ったばかりの時計だった。必死で笑顔を作りながらいった。
親父「金に・・困ったら質にでも・・・入れろや・・!」

オメガのシーマスターだった。くしくもその日は俺の誕生日だった。
俺「親父の時計はあてになんねーから質には入れないよ。」
二人で笑った三日後、親父は死んだ・・・・

親父が死んだ今も、金ピカの時計はメッキもはげたがまだ時を刻んでいる。

[コピペ]いい話

185 :おさかなくわえた名無しさん 投稿日:04/07/30(金) 10:11

じゃあ、ちょいと私の青春時代の話を・・・

私(♂)は中学生の頃、バスケ部に所属してたんですが、
同じ学年のチームメイトにかなり家が貧乏な奴(A君)がいたんです。
バスケットシューズって、目が飛び出るほどの高額とはいかないものの
やっぱり1、2万くらいはするじゃないですか、だからA君は
どうしても親に言い出せなくて、いつも先輩のお古のバッシュで
練習してました。

A君は家庭の事情にもめげずいつもニコニコして、練習はすごく真面目で
実際チームの中でも中心選手でレギュラーでした。
もちろんチームメイトのみんなからの人望も厚く、ほんとにすごい奴でした。

しかし、どの学校にもいるようないじめっ子グループからはいつも
「お前、バッシュも持たんでよく部活にいれるなぁ?」とか
いつも嫌味を言われており、それがA君や私達の唯一の悩みでした。

そんなある日、キャプテンをしている同学年のB君が突然
「ミーティングするぞ、ただしAには内緒だぞ」
と言い出しました。
みんな何を話し合うんかな等と言いながらミーティングに出席しました。

B君は
「みんなで少しずつ金を出し合ってAにバッシュをプレゼントしないか?
ただし、親から貰った金じゃなく、自分で稼いだ金だ。」
と切り出しました。
その後の話し合いで、
B君の知り合いの新聞配達の人が、そういう事情なら期間限定でも
雇ってくれるということらしく、そこで2ヶ月みんなで新聞配達する。
でもプレゼントだと多分A君は皆に負い目を持つだろうから、
これまた近所のスポーツ店のおっさんに頼んで、福引きでうまく
A君に当たりをひかせ、バッシュをゲットさせるという作戦になりました。
それからの2ヶ月間はまさに青春でした。
友達のために全員が一丸となって新聞配達してました。
まあ、友情に尽くす自分たちにもちょっと酔ってるところもあったんですけど。

そしてついに目標の2万円が貯まり、作戦がスタートしました。
スポーツ店に行って、まず皆でバッシュをワイワイ選びました(これがけっこう
楽しかったw)。
そして店主のおっさんに頼んで福引セット(偽モノの)をスタンバイしてもらいました。

作戦決行の日、B君がA君に
「ちょっと買い物したいけん○○スポーツに行こうや」と誘います。
(BとAは日頃よく一緒に帰っていた)
そこでBはちょっとしたものを買いました。(たしかリストバンドだった)
店主のおっさんは
「いまちょうど感謝セールで福引やっとるから一回引いてみな、
特賞はバッシュだぞ」と、なかなかの演技をみせてくれます。
B君はA君に
「お前ひいてよ、おれくじ運悪いから」と譲ります。
A君はエイヤッとくじを引きました、ビリっとくじを破り、中を確認します。
「特賞」と書いてあるくじを見た時のA君の表情は忘れられません。
私達は倉庫室のドアの隙間から一部始終を確認し、
お互いにガッツポーズを決めあいました。

その次の日から体育館には、カッコイイバッシュを履いたA君の姿と
それをつまらなさそうに見るいじめっこたち、
それをみてほくそ笑む私たちの姿がありました。

[コピペ]いい話

565 :おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2010/07/31(土) 11:47:52 ID:hjbxChdf

20代の時失業したので、田舎で一人暮らしをしている祖父の家に泊まりに行っていたら
祖父が階段から落ち、入院した。
漁師の祖父に船を、水屋(家の一階が半分海に繋がっている家。うちでは倉庫に使っていた)に
入れるように頼まれた。
何度も手伝っていたので(俺も船舶免許有り)了解して、船を動かした。
舟止め場からいったん沖に出て、迂回して水屋を目指したが鈍い回転音がしたと思ったら
エンジン停止
かろうじて手動で舵が効く状態になり、どんどん沖に流された。
遠洋用の漁船ならともかく、祖父のモーターボートには無線も無い。
慌てて発光信号を送ったが既に岸から8kmは離れている。
4時間ほどたち、小さな島の傍まで流されたので必死にオールで漕いで岸に着けた。
船を固定し、島中歩いてみたがどう見ても無人島。
手持ちは、煙草とライター、腕時計、晩飯に買った弁当とカップ麺、2㍑のお茶。
船の道具入れに、ヤカン、合羽、裁縫道具(網を修理する用)、薬各種、ナイフ、工具があった。
あと、釣り道具は当然ある。

それからサハイバルですよ。こつこつエンジン直して自力脱出するまで5日間。
祖父は「見舞いに来ないなー。交通が不便な場所だし仕方ないか。
退院するときは迎えに来るだろう」
と呑気に構えていたらしい。
地域の人は、みんな俺が船を水屋に入れたと思っていたし、姿が見えないのは
祖父の看病に病院に行っていると思っていたらしい。

船の学校出ていて本当に良かった。エンジンいじる知識を教えてくれた先生ありがとうございます。
遭難したら、まずは水の確保。そして体力温存しつつ救助を待つ。
出来れば船影を見つけたらSOS信号を送る事。

当時ちょっとニュースになって、顔や名前が出たので少しフェイクいれてますが
上記はほぼ実話。

566 :おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2010/07/31(土) 12:18:23 ID:sVj+kYtr

»565
ひえ~~
自分だったらまず助からんわ
救助されるまでの過程などお伺いしてもよろしいか?

579 :565 投稿日:2010/08/01(日) 08:22:52 ID:wVyLz3B5

»566
救助されてないんです。
エンジン直して自力で生還しました。

海水を沸かして、弁当の入っていたコンビニの袋を裂いて広げ蒸留水を集めたり
魚や貝を食べて生き延びました。
合羽は重要!あれが無かったら体温奪われて衰弱していたはず。

[コピペ]いい話

113 名前: 昨日の話? 投稿日: 2010/01/31(日) 16:38:47 ID:86vBRc9n0

昨日の話。

大学の後期試験も原稿も終わって暇になったので、久々に一人で池袋めぐりしてた。
だらけで萌えジャンルの同人誌漁り中に諦めかけていたお目当ての本を発見。
最後の一冊だった。

表紙の美しさと本の分厚さに幸せを噛みしめつつ
カゴに入れようとした瞬間、背後から「あ・・・」という小さな声が。
しかも「○○ちゃん(←私の名前)!」と名前を呼ばれてビックリ。

振り向くとそこには中学高校時代の同級生の姿。
中学時代とは随分変わっていた彼女の姿に一瞬誰かわからず呆然とする私。

「○○ちゃんもこのジャンル好きなんだ~!マイナーなのに偶然だね。」

と屈託なく話かけてくれる彼女を前に固まってしまった。

114 名前: 昨日の話? 投稿日: 2010/01/31(日) 16:40:47 ID:86vBRc9n0
彼女は中学校のときの私の親友だった。
中学校のときに彼女から漫画を貸して貰ったり、彼女が書いた
創作小説に挿絵をつけて交換日記をしたりして遊んでた。

彼女と萌え語りする時間は他の誰と遊ぶよりも楽しかったし、
高校にあがっても変わらずずっと仲良くしたいと思ってた。
だから彼女と同じ高校に決まったときは二人でとびあがって喜んだ。

でも、実際高校になると事情は変わってきた。

元々お洒落にあまり興味がなく体型もぽっちゃりしていた彼女は、
クラスのリーダー格の女に目をつけられて虐めを受けるようになった。
持ち物全てににキモ女死ねって書かれたり、学級会で担任公認の
吊るしあげ大会が行われたりして本当に酷い虐めだった。
今考えると、あの激しい虐めにも負けずに毎日学校に来ていた彼女は本当に強い人だと思う。

でも当時から既に小心の卑怯者だった私は、彼女と一緒にいると虐められると思って
次第に彼女との距離を置いていった。教室移動のときは他の子を誘うようになって、
休日も彼女の家で漫画を読んだりゲームをするのではなく、その子と買い物に行くようになった。

でも、彼女の書いた創作小説に挿絵をつける交換日記だけは楽しかったからやめなかった。
本当は休み時間もずっと彼女と漫画の話をしたり絵を描いたりしてたかったけど、ビビりの
私には出来なかった。

115 名前: 昨日の話? 投稿日: 2010/01/31(日) 16:42:52 ID:86vBRc9n0

高二になると私はクラスの中堅どころのややギャルめのグループに属するようになった。
腐りきったヲタだということは学校ではひた隠しにしてた。

彼女は当然のごとくぼっち。
ヲタグループからもスル―されるほどだった。

そんなだから同じクラスになったけど、もう以前のように親しく話すことも
すっかりなくなってしまった。それでも私は本音では彼女のことはまだ好きだったから、
なにか関わりをもっていたくて交換創作日記だけは続けてた。
今考えると萌え語りをしたい自分勝手な欲求のためだったのかもしれない。

でもそんな自己中全開の私にも、彼女は怒ることなく
ずっと神な萌え小説を提供し続けてくれた。
だから私も心をこめてカラーイラストや漫画を描き続けた。

117 名前: 昨日の話? 投稿日: 2010/01/31(日) 17:03:08 ID:vKE3hQ6GO

そんなある日、彼女は珍しくまったくのオリジナル長編小説を書き出した。

いつもはハマってるジャンルの二次中心に書いていたのを知ってたから
「あれ?」と思いつつも読み進める私。

それはリーマンもののBL小説で、醜い容姿を理由に会社で壮絶な虐めを受ける
経理担当の社員 (攻め)と、その会社の監査を担当する美形公認会計士(受け)の純愛モノだった。

当時の交換日記は今は私の手元にないけど、それは本当に私の萌えツボをついた神な小説だった。
その話を気に入った私は喜んでイラストを何枚も書いた。彼女も喜んでくれた。

でも、話が進んでいくうちに私はあることに気が付きはじめた。

虐めを受ける攻を気の毒に思いつつも救うことのできない臆病な自分を責める受の姿は、
彼女の私に対する怒りの表れなんじゃないかと思うようになった。

それで、私は怖くなってその交換日記を
引き出しの奥にしまいこんで、なくしたと彼女に嘘をついた。
それで、彼女との唯一の接点を自分から切ってしまった。
本当に最低だと思う。自分死ね。

118 名前: 昨日の話? 投稿日: 2010/01/31(日) 17:06:09 ID:vKE3hQ6GO

それを機に私と彼女はすっぱり縁が切れてしまった。
高三になるとクラスも変わり、彼女の姿を目にすることもほとんどなくなった。
薄情な私はだんだん彼女のことを忘れて受験勉強に没頭し、東京の大学に合格した。

東京にきてからは、色々なことに慣れるのに忙しかった。
でも、時々実家から持ってきた交換ノートを眺めては、罪悪感に苛まれて
布団の上でジタバタした。後悔した私は大学では自分を変えようと頑張った。

ヲタであるのを隠すのをやめ、漫画サークルに入った。
同人活動もガンガンするようになった。

そして大学にもサークルにもバイトにもすっかり馴れて後期試験も終わった昨日、彼女に会った。

119 名前: 昨日の話? 投稿日: 2010/01/31(日) 17:15:02 ID:vKE3hQ6GO

とりあえず会計を済ませてまんだらけを出た私たちは、
店を出たところにあるコンビニの前で話をした。

聞いたところ彼女は近くの大学に通っているらしく、
「毎日乙女ロード来れてすごく楽しい~w」と言っていた。

高校のときとは比べ物にならないくらい痩せて髪も染めて化粧もして美しくなった彼女は、
私を恨むそぶりもみせず、買ったばかりの本を読みながら萌え語りをしてくれた。

私はとにかく謝ろう、謝ろうと思って口を開いたけど、かわりに涙がこぼれてしまった。

そんなバカな私を見ても、彼女は「泣くほど萌えたんですか?w」と言って少しも私を責めず、
中学のときと変わらず接してくれた。その後、駅の喫茶店でメアドと電話番号を交換して
私たちは別れた。

異様に興奮してて何を話したか殆ど覚えてない。

彼女と別れたあととりあえず帰ろうと思って
西武線のホームで電車を待ってたら、携帯にメールが届いた。

彼女からだった。

「○○ちゃんへ。
今日は思わぬところで会えて嬉しかったよ (*^^)v
また仲良く萌語りしたり遊んだりしてくれると嬉しいな♪
でも私に謝るようなことはしないで。
○○ちゃんは勘違いしてたみたいだけど、あの交換日記のブサイク攻は、
当時木原音瀬にハマってて、単に萌えると思って書いただけだから。
また近いうち連絡するね!」

メールを読んで返信を打とうと思ったけど、
打ってる途中で遅くて苛々したので、すぐに彼女に電話をした。
そのまま30分位、ホームで彼女と話した。

半泣きになりながら高校のときのことをひたすら彼女に謝ったけど、
彼女は全然怒らないで私をなだめてくれた。
被害者は彼女の方なのに。
本当に大人だと思った。尊敬した。

122 名前: 昨日の話? 投稿日: 2010/01/31(日) 19:16:55 ID:86vBRc9n0

その後いったん家に帰った私は、引き出しにしまっておいた
彼女との交換ノートのうちの一冊とお菓子と冬コミ新刊を持って、
さっき聞いたばかりの彼女のアパートに特攻した。
ノートは、彼女が最後に書いたあのオリジナルBLのやつで、未完のやつだった。

私が行くと彼女は笑って中に上げてくれた。
新刊を渡すと凄く喜んでくれて、ほっとした私はあの交換ノートを彼女に渡した。

「失くしたんじゃなかったの~?w」

と言いつつも顔は全然怒ってなくて、彼女はその続きを書いてくれると言ってくれた。

それで彼女にノートを渡したから今は手元にない。
「じゃあ、私もまたイラストと漫画描くね!」と言ったらすごく喜んでくれた。

もう二度と、彼女に対して卑怯な真似は出来ないと思った。
今度こそ、友人を大切にしようと思った。

全然いい話じゃない上に長々と自分語りすみませんでした。
字書きじゃないので読みづらかったらごめんなさい。
何度も規制くらったからgdgdかもww

[コピペ]いい話

944 :おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2010/08/26(木) 20:50:48

大阪の御堂筋線でコンタクトレンズ落としてあわあわしていたら

3人連れのおばちゃんが「どうしたん?なんか落し物?」と声をかけてきた。

「コンタクトが…」といった途端大声で

「ちょっと!今みんな動かんとって!!この子、コンタクト落としはったん!!」

ラッシュ時でごった返してたホームで迷惑だし

見つからない確率のが高いし恥ずかしいのもあって「もういいです…」と言ったけど

そのおばちゃんたちの声でいっせいにみんな足元探してくれ始めて。

数分後サラリーマン風のお兄さんが「これ…?」ってなんと無傷のコンタクトレンズ見つけてくれた。

その瞬間、わーっと周りから拍手。

おばちゃんたちや探してくれた人たちにお礼を言って電車乗ったら

ホームでおばちゃんたち万歳三唱しながら見送ってくれた。

車内の人は何事かとじろじろこっち見てるし恥ずかしかったけど嬉しかった。

あのコンタクトレンズはもうないけどアニマルプリント見る度思い出す。

[コピペ]いい話

516 1/2 2010/08/27(金) 19:36:27

では、私のカチムカ。

10歳の息子がある病気を持っており、車いす生活で
さらに投薬の副作用もあり一見ダルマのような体型。知能レベルは年齢平均のため、
尚更何かと辛い思いをしてきている。
本日、通院日でバスに乗ったとき、いつも通り
車いすの席を運転手が声かけして空けてくれたんだが、
どうやらそれで立たされた人がムカついたらしく、ひどい言葉の暴力を喰らった。
(ぶくぶく醜い、何で税金泥棒のために立たされなきゃならないの、
補助金で贅沢してるくせに、役に立たないのになんで生かしておくかなあ?)
それもこちらに言ってくるのではなく、雑談のように数人でこそこそ。
それがまだ小さい子連れの母親のグループだった。

息子が気付いて「お母さん降りようか?」と言ってくれたんだが
実は耳が聞こえにくいため、声が大きく発音が不明瞭な息子に
今度は普通の声で「きも!」と言われたよ。
あまりのことに切れて「何か息子の件でご迷惑でも?」と言ったら
笑いながら「何か?だってwwうけるww」
「うち娘だから、あんなのに目付けられたくないしい、
相手にしちゃ駄目よお~~~」
「アタマがないからレイプされても泣き寝入りだもんね~」
さすがにもう降りようとしたら、運転手さんがバス停に止まって
「えー、奥さん、ここで降りてください」

517 2/2 2010/08/27(金) 19:37:33

あーもーいいや、苦情だけ入れて二度とこの路線使うもんかと思いながら
車いすを外そうとしたら、「あ、お母さんじゃなくて」と私を見て運転手さんが続けた。
「後ろの奥さん方、あなた方が乗ってること自体が他のお客さんに迷惑ですので
こちらで降りてください」
私ポカーン、息子もポカーン、指された子連れママたちもポカーン。
そしたら後部から「さっさと降りろ!うざいんだよ!」
「食べこぼしは片付けて行きなさいよ!」「ほらさっさと行きなさい」
との声が聞こえてきた。
さらに降りるときに運転手さんに「クレーム入れてやる!おぼえとけ!」と言ったら
「はいどうぞ。乗車賃いりませんからさっさと降りてください」と言われてた。
そいつらが降りてからお礼を言ったら、「迷惑行為排除は私たちの仕事ですから
気にしないでください」と言われてしまい、もう私涙目。
冷たい視線ばかりと思ってたのに、世の中捨てたもんじゃねえなと思ったよ。

ちなみに田舎ではないが、バスの数も少なくて一時間に2本ほど。
最寄り駅までは徒歩20分以上、タクシーなら通ってるから子供が熱中症になる前に
さっさと乗ればいいけどね。

[コピペ]いい話

798 : 1/2 投稿日: 2010/08/13(金) 10:40:31
色々あって姪っ子7歳引き取ることになった。

結婚するあてもないし。まだ24歳だが人と出会う仕事でもないし、
そんなバイタリティもないから現実的に言って無理だし、面倒臭いのも
あるからもう良いや、と。

兄夫婦が離婚して元義姉に引き取られていき、元義姉は再婚。
再婚した相手が最低で酷い虐待。

元義姉は「しょうがない、我慢しなさい」と言い続けたらしい。
兄は事故で他界だしで。たまたま仕事の関係で関東に行って姪っ子の
小学校の近く(昔私が通った小学校だった)に来たから、学校の前を
通りながら眺めようとしたら、丁度休み時間だったらしく校舎から出てきた

姪っ子とバッチリ目があって、遠めでも
私だと解ったらしく泣きながら抱きついてきた。

そのまま職員室で夕方まで面談(私+姪っ子+姪っ子母方祖父母+校長)。
元義姉側の親はその事実を知らなかったらしい。母親は面倒くさいとの理由で来ず。

自分は引きこもるタイプの自営業だから問題無いなぁ、と思い、

「私の娘にならない?」

と言ったら

「なりたい!お母さん嫌い!」

と抱きついて離さない。
もうこの親子駄目なんだなぁ、と思った瞬間。

気にはなってたけど、会うこともせず3年ぶりの再会だったのに
覚えてくれていたのにも驚きだった。

養子になるまでのやり取りがまた最低だった。

799 : 2/2 投稿日: 2010/08/13(金) 10:47:31

元義姉 「子供手当てが目当てだろ!」
再婚相手「今までの養育費払うっつーなら良いけどよ」

子供の前で orz

お前らそんなに卑しい真似してまで金が欲しいのかよ、と。
いつまでもごねられそうだったので現金一括でくれてやった。
可哀想だと思ったけど、寝てる間に証拠写真撮ったり、アホな
元義姉の前に現金チラつかせて念書書かせたりと養子にするまで
半年以上掛かった。

もう関わるのも嫌だったので、ダミーの住所も作って転居。
実家はもう未練も無かったので売った。

昨日で親子になって丁度一年経って、それを祝うのも変なので
ただ単に食べたくなったと言ってケーキを買って二人で食べてたら
娘(元姪)から

「お母さんがやっぱりお母さんだったんだ」

と言われた。

その時は意味が解らず「母さんが母さんって当たり前じゃん?」と応えたが
寝てる時に理解して、泣きそうになった。

仕事柄とは言え家で電話やメールのやり取り以外、下手したら
生協宅配だけで平気で数ヶ月も外に一歩も出ず生きてきた自分が人並みに
2、3日に一回は買い物して、掃除して、町内会の当番やら学校のPTA役員やら
色々やって、娘の友達が来れば冷凍生地のクッキー焼いて良い母を演じつつ
友達が帰った後「今日私格好良くなかった!?」「良い感じだった!」と
馬鹿話しつつ肩揉みしてもらったり足踏んでもらったりするようになるとは
思わなかった。

これからも色々あるだろうけど、まあ何とかなる気がしてきてる。

長文失礼しました。

800 : +1 投稿日: 2010/08/13(金) 10:55:29

追記。母親になってから、友人からの私の渾名がマリアになってしまい、
その意味を娘が理解するのはいつだろう、と今から憂鬱ではあります。

[コピペ]いい話

125 :名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2010/07/27(日) 17:40:08

遠くに住んでいる父方の祖父のことを、小さい頃から「頭のいい人」と聞いていた。
教師だった祖父は、定年後もパソコンなどの新しいことを、いつでも勉強していたらしく、なるほど聡明な人だったみたいだ。
そんな祖父が八十歳の時、癌になって入院した。
最初は軽い程度のもので入退院を繰り返していたが、いろんな場所に何度も発症している内に、寝たきりになってしまった。
そんな祖父に、父は病院に特別な許可を得て、一つの携帯電話を渡した。
祖父はその動けない身体で、黙々とあの分厚い説明書を読んでいたそうだ。
後で父に聞いた話だけど、病室で携帯を持つ祖父は、密閉されていながら外部と一点だけ繋がっている胎児みたいだったらしい。

そして、ある日の授業中に突然、
「レイ君。じいちゃんだよ。元気にしてるか?」
というメールが僕の携帯にやってきたのだ。
僕は驚きながら、「入院してるんじゃないですか?」というメールを送った 。
少し時間を置いて、メールは返ってきた。
何か検査でもあるのだろうか、時々遅れることはあっても、絶対に途切れず確実に返ってきた。
そうして、僕と祖父のメールは日常化していった。
お正月にする、緊張と遠慮だらけの短い電話しか繋がりがない僕と祖父は、互いに知らないことばっかりだった。
好きな食べ物や、趣味、今までのこと。とにかく知らないことだらけだった 。
でもそのやりとりの中で、僕はとんでもないことに気が付いた。
僕は、祖父の名前を知らなかったのだ。
そもそも僕はいろんなことに無頓着で、近くの町の名前も知らないことがあったけど、祖父の名前を今まで知ろうともしなかったことに、胸がぎゅっと痛んだ。

それと別にやましいことなど何もなかったけど、何故かこのメールは父にも誰にも内緒ということになっていた。
当時は特に理由なんて考えなかったけど、祖父も僕も、メールをしているのが何となく気恥ずかしかったのかも知れない。
そうして、そのやりとりも三ヶ月を超えた頃。
祖父はすっかり携帯を使いこなし、顔文字や絵文字もたくさん使っていた。
元々、お茶目な人だったのだ。メールはいつも楽しくて軽快だった。

そんなある日、昼休みに携帯を開いた時、祖父から来たメールには、
「携帯を、持ってよかった」
という一言だけが書かれていた。
いつもの取っつき易い内容とは違っていたので、すぐに返信できなかった。
そうしている間に電池は切れてしまった。
充電器も持っていなくて、僕は仕方なく携帯をリュックにしまった。

そして家に帰った時、母さんが辛そうな顔をしていた。
僕の鈍い勘は、そこになってようやく嫌な予感を感じ取った。
祖父は、亡くなっていた。
話を聞くと、祖父が亡くなったのはあのメールを打ってから三時間くらい後のことらしい。
僕は、震えて壊れてしまいそうな気持ちで、携帯電話のメールボックスを開いた。
一番上には、やはりあのメールがあった。

――――――これは、祖父の遺言だったんだ。

もし今から自分が死んでしまうとしたら、どんな言葉を遺そうとするか、全く想像できない。でも祖父にとっては、この一言だったのだ。
僕とメールが出来てよかったなんていう、そんな一言だったんだ。

僕はメールに添付ファイルがないか、何かないか、必死になって探していた 。
でも、そんなものは影も形もなかった。
どこまでもあの一言だけ―――。
そう思って携帯を閉じようとした時、題名の欄に気が付いた。
見てみれば題名の欄には、返信を意味する「Re」が、それはたくさん並んでい た。
本文よりもずっとずっと長い、Re.の大群。
数えるまでもなく、明らかに本文よりも長かった。
でも、決して無駄や無意味なんかじゃないと思った。
それは間違いなく、祖父の生きていた大切な証だった。

「それで、お葬式だけど、どうしても無理なら……」
祖父の住んでいる所は、やっぱり遠い。
母さんはあんまり成績のよくない僕の、期末テストを心配しているようだ。
でも僕は、「準備しよう」と言って、その心配を断った。

返信できなかったメールの代わりに、会いに行こうと決めていたから。

[コピペ]いい話

376 :名無しさん@HOME 投稿日: 2009/09/27(日) 02:48:43 0

尊敬してる。

無口だけど寛大で私のやりたいことは何でもやらせてくれた。
私が結婚するときも誰よりも喜んでくれた。

彼が結婚の挨拶にきたとき、緊張してなかなか話を切り出せない彼が
トイレに立つとこっそりと

「お前からさりげなく話を振ってやりなさいよ」

って。粋すぎるよ父ちゃん!

その後、無事に話し終えた彼に深々と頭を下げてくれた父の姿は
今でも忘れられない。