259 名前:J.Hendersonの手記 投稿日:2005/10/09(日) 06:34:09
その日、私はオハイオへ向かう途中のハイウェイの路側帯で、一台のバンが停止しているのを発見した。
通常であれば黙って見過ごすところだったが、そのバンが白色で目立ったことと、
ボンネットから大量の黒煙を噴出していることから私はすぐ緊急事態を悟り、
減速してバンに近づいた。
幸いにもバンの乗員は無事のようで、路側帯で火を噴く自らの愛車を呆然と見つめているだけだった。
乗員はアラブ系の男で、年齢は三十代前半、ひょっとしたら二十代の後半かもしれなかった。
私は以前、自動車整備会社の従業員として3年働いた経験があった。
ボンネットの黒煙は激しかったが、私の車に備え付けの消化剤によって一応の鎮火に成功した。
男はメイソンと名乗った。私はてっきり彼は海外からの旅行者であると思っていたが流暢な英語を話した。
メイソンは、自分は自動車の免許を取ったばかりで、車の整備全般についてまったくの素人で、
こうしたトラブルにも馴れていない。あなたがきてくれたおかげで助かった。
しかし私はどうしても今日中にオハイオに向かわなければならない。
消火したのは良いが、このままではこのバンは使い物にならない、と窮状を述べた。
私は消火剤で真っ白になったバンのボンネットを見渡した。
機関の損傷をチェックする為だったが、私の車に積んである簡易工具類で
なんとか応急処置をすればオハイオまで走れなくは無い程度だった。
奇跡的に、バッテリーの損傷は心配したほどでは無く、黒煙の原因はエンジン外周から漏れ出した
オイルが、何らか要因で発火したからだった。
つまり、見かけほどバンの機関は損傷を免れていたのである。
一時間ほどでバンの応急措置は終わり、メイソンは喜んでエンジンキーを回した。
私はエンジンは絶対に切るな、目的地に着いたら整備工場で正規の修理を受けろ、と念を押した。
応急措置とはいえ、エンジン機関は不安定だからである
メイソンは何度もありがとうといい、自分は何の礼も出来ないが、
と言った。どのみち、私はオハイオまで別段急いでいたわけでは無く、
そもそも休暇中であったので、そんな気は使わなくていいと答えた。
メイソンを乗せたバンは不規則な音を立てながら再びハイウェイに合流するかに見えた。
その時、バンにエンジンキーを挿したまま、メイソンは私に近づいてきた。
何か不具合か、と私は言ったが、メイソンは
「これから一週間から二週間の間、東部へは行くな」
と言った。
「そして飛行機にも乗るな、絶対に」
と言い残して再びバンに戻った。私は彼の背中に向かって
何故そんなことを言う、と叫んだがメイソンは振り向かなかった。
その日は、2001年9月2日の夕方の事だった。
「J.Hendersonの手記」
NewYork Times 2002.5.12