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管理人ayu

福岡市在住。エンタメ、ラジオ、音楽、ガジェット好きです。2000年頃から長いことやってます。日々の暮らしを豊かにする何かを探しております。
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[コピペ]全米が泣いた

127:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2009/05/12(火) 11:15:23

厨房の頃短気で喧嘩にあけくれてた。
そもそものきっかけは入学してすぐに隣の席のやつが
イジメられはじめてそれを助けようとしたことだ。
中2病全開だった俺は「フッ・・おいおい、いじめなんてダセーことしてんじゃねーよw」
とクールにしていたが「お前もやれ」みたいな空気になってムカついたので
リーダー格のやつとタイマン。ワンパンチで秒殺される。
しばらく大人しくしてたが俺が喧嘩激弱だとののしってきたそのリーダー格の
やつの腰ぎんちゃくにキレてタイマン。途中でいろいろ痛くなって俺が泣いたので終了。
中2は特にひどかった。不良っぽいやつが増えてきて俺のクラスメートにも
手を出してくるので、「フッ・・俺のクラスメートになにしてんだ?正気か?」と
不良の溜まり場に助けにいくと「何お前?正気か?」と言われキレて1対5で喧嘩。
もちろん秒殺され、それ以来不良グループに目をつけられる。
1ヶ月ほど大人しくしてたが、会うたびにからかってくる不良グループにさすがに
堪忍袋の緒が切れ、廊下ですれちがいざまにからかってきたやつのむなぐらをいきなりつかんで
「いい加減にしろよ?コラ」とすごんだらボコボコにされる。
このループから脱出するにはリーダー格のやつをヤるしかない、と空手習ったり体を鍛え、
3ヶ月の修行を終え不良の溜まり場に殴りこみ。
「ここで一番強い奴だせ」と言うと一番弱いやつが「てめえしつけんだよ!」と
調子にのってきたので相手にしてやるが意外に強く泣いて許してもらう。
そんなことを繰り返しているうちに「お前もういいよ」みたいになって変にうちとける。
相変わらず中2病で無駄に正義感が強く、街中で他の中学と不良グループが喧嘩に
なっているのを見て助太刀にいってボコボコにされたり、いろいろあった。
中学校戦績36戦0勝36敗。
俺ほど喧嘩の弱い奴もいないが俺ほど喧嘩したやつもいない、とある意味伝説になった。

[コピペ]トリビア

40:名無しさん@九周年 投稿日:2009/02/15(日) 09:59:31

原爆落とされました。
多くの人が殺されました。
二度とこんな事は御免だと思いました。

ここまでは良い。

「じゃあ、どうしましょう?」という提議に対する答えが
「持たない、作らない、持ち込ませない」ってナニ?
なぜ「落とさせない」が最初に来ないのか本当に不思議なんですけど。

日本帝国は原爆を持っていなかった。
基礎研究はしてたけど作ってはいなかった。
もちろん、他国の軍隊を駐留させてなかったので持ち込ませてもいなかった。
だけど広島で12万、長崎で7万が殺された。

人類史上、最初の原爆投下で非核三原則なんて何の役にも立たないって
完全に証明されているのに、何でこんなモノを大事にしなきゃならないのか
本当にわからない。

[コピペ]泣ける

307 :名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2011/01/09(日) 03:40:57

五年前のある日、ある病院から火災発生の通報を受けた。
湿度が低い日だったせいか現場に着いてみると既に燃え広がっていた。
救助のため中に入ると一階はまだ何とか形を保っていたので
そこを同僚に任せて先輩と二人で階段を上った。

二階は見渡す限り火の海になっており、煙が廊下を覆っていた。
先輩は西病棟を、俺は東病棟の病室を回り要救助者を探した。
出火場所は二階のようでフラッシュオーバーの可能性も考えられたので
時間との戦いだった。

東病棟を回っていくと一番奥の病室にだけ女性が一人いた。
声をかけたが気を失っていて反応がなく危険な状態だったため、
急いで抱きかかえて救助した。

数日後、俺は不意にあの女性がどうしているのかが気になり、
病院に連絡をとってお見舞いに行くことにした。
看護師に連れられて病室へ行くと彼女はベッドの上で会釈した。
改めて会ってみるととても可愛らしい人だった。
「お体は大丈夫ですか?」と聞いたが彼女は首を傾げるだけだった。

看護師が少し困ったような顔をしながら紙に何かを書いて渡すと
彼女は笑顔になって、「ありがとうございました。大丈夫です!」
と書いて俺に見せた。
彼女はろうあ者だった。

しばらく二人きりで筆談し、趣味のことや小さいころのことなど
色々なことを話した。
耳が聞こえないということを感じさせないくらい前向きな人で
本当に楽しいひと時を過ごすことができた。
彼女は「もしよかったらまた来てくださいますか?」
と少し心配そうに聞いてきたので「では、またお邪魔します。」
と答えて病室を後にした。

彼女と話すために手話を勉強し始めたり、好物のお菓子を持っていったり…
そんな関係が続いて二ヶ月ほど経った非番の日。
俺はやっとどうしようもなく彼女に惹かれていることに気づいた。
彼女のことを考えない時がない。
俺はこの気持ちを告白することを決意した。

308 :名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2011/01/09(日) 03:48:24

それでそれで?

310 :名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2011/01/09(日) 20:23:26

消防士とろうあ者の嫁・・・どっかで見たな。
しかし劇的な馴れ初めじゃないか。

311 :名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2011/01/09(日) 20:26:35

これか。

535 :名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2011/01/07(金) 22:26:27
俺は火事が起こったら昼夜問わず出ていかなきゃならない。
深夜に呼ばれることも多いのに
いつでも笑顔で送り出してくれる。
そんなところに愛を感じるかな。

非番の日で尚且つ要請がない時は家事を手伝うんだが
148cmの小さい体を存分に使って頑張ってるなと感心する。
甘えん坊なところがあってよく抱きついてきたり
抱っこされにきたりして可愛いんだ。

通常出勤の日は朝早いから寝ててもいいように言ってあるのに
しっかり上手い弁当を持たせてくれて
頬にいってらっしゃいのチューをしようとする。
背伸びしても届かないからちょっと屈んでやらなきゃならないけど。

仕事上がって帰ってきたら既に寝ちゃってることがある。
グッタリ疲れてても可愛い寝顔見たら元気出るよ。
頬とかをツンツンしながら生きて帰ってきたことを実感する。

嫁はろうあ者だから会話はできないんだけど
出会えて本当によかったと思うんだ。
ちょっと心配なことが一つあるけど
毎日ちゃんと幸せだって自信を持って言える。

312 :名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2011/01/10(月) 14:38:39

>>310 その阿呆な消防士がちょっと通りますよ
307の続きですm(_ _)m

彼女の病室の前まで来たのだが、
いざ取っ手に手をかけると緊張のあまり、手が震えた。
一度、深呼吸をして気持ちを落ち着けてから引き戸を引いた。

その日は冬にしてはよく晴れて暖かい日であり、
やわらかい日差しが窓から差し込んでいたのをよく覚えている。
彼女はその光に包まれながら読書をしていた。
いつもの童顔で可愛らしい雰囲気とは違い、どこか大人っぽい感じがして
思わず見蕩れた。

俺が来たことに気づいた彼女はいつものようにニッコリ笑って本を閉じ、
それからはいつもと変わらない時間を過ごした。
その中で「大事な話があるんだけど聞いてくれるかな?」と切り出した。
彼女が頷いたので思いの丈を紙に書いて渡した。

彼女はそれを見て不安そうな顔をし、何かを書き付けて寄こした。
紙には「私、耳聞こえないんだよ?一緒にいたら大変だよ?」と書いてあった。
すごく寂しそうな顔をしていた。
返事を一生懸命に考えてはみたが
残念ながら気の利いた言葉を言えるような素敵な男ではないので
思っていることをそのまま書いた。
「ただ傍にいたい。いつだって力になりたい。そんな理由じゃダメかな?」
ダメ元だった。
それを見て彼女は泣き出し、震える手で「ありがとう。おねがいします」
と書いた。

つきあっていく内に茄子と稲光が苦手だとか
実は甘えん坊で頭を撫でられたり抱きしめられるのが好きだとか
知らなかったたくさんの面を知ることができた。

つきあい始めてちょうど二年が経った日にプロポーズした。
相変わらず飾り気のない言葉だったが
嫁は顔を赤らめて少しだけ頷いてくれた。
ご両親には既に結婚を承諾してもらっていたが、
一応の報告と式のために二人の故郷、能代へと帰省した。

もうじき結婚生活三年目だけど、感謝の気持ちを忘れたことはないよ。
どんな時でも笑顔で送り出してくれる嫁がこうして傍にいてくれるからこそ
死と隣り合わせの火災現場でも俺は頑張れるんだから。

今からちょっと抱きしめてくる。

314 :名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2011/01/10(月) 17:53:11

>>312
もげろ

それから、現場で絶対に死ぬな

[コピペ]泣ける

413 :名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2011/01/29(土) 12:38:34

少女どころかおじさんおばさんしか出てこないんだが、
入籍した記念に結婚の経緯を書きます。

断っとくけど長いよ。


嫁は中学の2・3年の同級生で、部活も同じバレー部だったから親しかった。
つっても冗談を言い合う友達で、好きとか付き合うとかはなかった。
顔もタヌキっぽくて好みじゃなかったし。高校が別になり、大学から俺は
東京に行ったんで、卒業したきり十何年か会わなかった。

俺の実家は地元の九州で食品販売系の会社をやっていて、大学を出た俺は、
ゆくゆく実家を継ぐための修行として、半強制的に実家の取引先の会社(東京)に
就職した。30過ぎたころ、新しく来た上司とどうしてもそりが合わなくて、
軽いうつ病になった。会社には言わずに通院していたが、薬でぼーっとしていた
せいで通勤途上で車にはねられて両脚を骨折。それが元でうつ病の件が会社バレし、
おまけにクズ野郎の上司があることないこと会社に吹き込んだせいで遠まわしに退職を
勧められ、半分やけくそで労災込みの退職金を貰って退職した。

実家の両親は顛末を聞いて大激怒。俺は移動できるようになるとすぐ
地元の実家近くの病院に転院させられ、そこで治療とリハビリを受けることになった。

俺は二歳年上の姉がいるんだが、姉の旦那が俺が知らないうちに実家の会社を
継ぐことになっていて、まあ俺の両親からすると、実の息子の俺は会社を
辞めちゃうような半端者、ということだったんだな。私大なのに留年もしたし。
両親とも考え方の古い人たちだから仕方がない、と特に腹も立たなかった。

414 :名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2011/01/29(土) 12:41:23

入院した病院で担当の看護師さんに挨拶されて、
あれどっかで見た顔だと思い名札を見たら嫁で、二人ともビックリ。

特徴あるタヌキ顔は大人になっても変わらず、よく言えば女優の
田畑智子、悪く言えばガチャピンぽかった。
嫁は高校卒業後に看護学校に進んで看護師になり、バツイチだった。

なにしろ身動きがとれないので仕方がないんだが、知っている人に体を
拭いてもらったり下の世話をしてもらったりするのは恥ずかしかったな。
嫁は仕事だから全然平気だつってたけど。

嫁は忙しかったけど、勤務明けに顔を出してくれて、病室や談話スペースで
よく話をした。共通の知り合いの近況や、高校から先お互い何をしていたか。
嫁が成人してすぐに両親を亡くしていたことも聞いた。

俺は自分の病気についても話をした。嫁は自分の結婚については
「まあいろいろあってうまくいかんやった」としか言わなかった。

実家の会社で働いていた姉とその旦那は、仕事の合間を見ては見舞いに来てくれた。
義兄はいい人で、何も心配いらないから治療に専念しろ、と励ましてくれたけど
両親からはほぼ放置されていた。

やがて骨がくっつきリハビリ(笑っちゃうくらいしんどい)スタート。
毎日のリハビリの辛さ、自分の体が思い通りに動かない焦りと情けなさ、
元通り歩けるようになるのか、30すぎて無職でこれからどうするのか
という不安で、嫁にはよく愚痴を聞いてもらった。話しながら泣いてしまった
こともあった。

嫁は俺が泣き言を並べるたび
「でも○○くんが自分でなんとかするしかなかとよ」と言ってくれた。
安請け合いの「大丈夫」ではないのが逆にありがたかった。

まあこの頃には嫁に惚れてしまっていたな。

415 :名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2011/01/29(土) 12:43:41

入院から約半年後に退院。
幸い俺はほとんど元通りに歩けるようになり、毎日リハビリがてら散歩したりしながら
次の仕事を探していた。両親とは変わらず断絶状態で、俺は自分でアパートを借りた。

嫁とは週1〜2回、食事や飲みに行くようになった。
勤務シフトがよく変わる看護師と無職なんで、早朝の牛丼デートもあったな。

幸い、なんとか次の仕事が見つかり、その報告がてら嫁を食事に誘ったときに、
結婚を前提につきあって欲しいと話した。

嫁はしばらく悩んで「ごめんなさい」と言った。

俺が理由を聞くと、嫁は、自分は子どもができない体なんだと打ち明けてくれた。

病気ではなく先天的に子どもができにくいのだと。前の結婚がうまくいかなかったのも、
それが理由だった。嫁は今も話したがらないが、相当辛い目にあったらしかった。
俺はそんなの構わない、すぐ結婚とかは言わないから、俺とつきあってくれと頼んだ。
嫁はOKしてくれた。

新しい勤め先は幸い、小さいながらも家庭的な雰囲気のいい会社で、俺は仕事に
打ち込んだ。同時に嫁とのつきあいも進み、俺は両親に、今、中学の同級生だった
□□(嫁)とつきあいをしている、一度会ってほしいと連絡して、
引き合わせることにした。冷たい親でも親は親だし、ちゃんと仕事もしている
息子の俺がこの女と付き合っていると言えば悪い顔はしないと思ったから。

考えが甘かったけど。

416 :名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2011/01/29(土) 12:49:39

久しぶりの実家で俺と嫁を待っていたのは両親の猛烈な反対だった。

地元の情報網のグロテスクさというか、両親は嫁がバツイチだということも、
なぜ離婚したかも知っていた。俺に対するいつもの非難(要約すると「情けない半端者」)
だけならともかく、嫁のことまで子供を作れない□□さんを○○の家の嫁として
認めるわけにはいかない、と言われ、俺は切れた。両親を本気で殺してやると
思ったのはあの時だけだったな。

俺は目の前のテーブルをひっくり返し、
あんたらとは縁を切る!と言い放って嫁を連れて実家を出た。

帰りの車で、嫁はずっと泣きながらごめんなさいごめんなさいと言っていた。
俺は両親に腹が立つのと、嫁にあんなことを言われて申し訳なくて仕方がなく、
車を停めて、俺の方こそ辛い目に合わせてすまなかったと泣きながら謝った。

しばらく二人で泣いたあと、俺にはもうおまえしかいないから
俺と一緒に暮らしてくれ、と頼んだ。嫁は頷いてくれた。

それから新しいマンションを探し、二人で住み始めた。
両親とは全く没交渉だったが、事情を知っていた姉と義兄(両親と会った日に、実家座敷の
テーブルと障子が全滅していたので)はずっと連絡をくれて、たまに4人で食事を
したりしていた。

姉と嫁は今もそうだが仲がよく、義兄も人としても男としても信頼できるいい人だ。
ただ実家では、俺のことは口にも出せない雰囲気らしかった。

結婚式は無理でも入籍はしよう、と嫁に話したが、嫁は俺の両親への気兼ねと
前の結婚のこともあって、一緒に暮らしていればそれでいい、今は入籍はしたくない、と
拒んだ。

417 :名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2011/01/29(土) 12:52:56

同居初めて2年半ほど経った頃、嫁が体調を崩して、自分の勤める病院で診察を受けた。
会社帰り、嫁から連絡があって俺もその病院で診察結果を聞くことになった。

風邪か疲れだろうと思っていたのに…と心配していると、嫁がいたのは
なぜか産婦人科で、産婦人科の医者は満面の笑みで

「おめでたですね。三ヶ月目に入ったところです」

と。

俺ポカーン。
嫁は眼をうるうるさせて俺の手を握ってきた。

高齢出産になのと体のこともあって、妊娠中、嫁はしょっちゅう病院通い。
俺も食事の用意や家事などできるだけのことはしたつもりだが、まあやっぱり
女の大変さにはかなわんな。

姉には嫁が妊娠したことを報告した。
姉は電話の向こうで、よかったねよかったねと泣いてくれた。

子どもが無事産まれてくれるか心配だったけど、去年の秋に、嫁は
健康な女の子を産んでくれた。母子ともに健康。
嫁の同僚の看護婦さんたちもお祝いに来てくれた。

娘は嫁に似てややタヌキ気味だが、あれだな、
世の中にこんなかわいい生き物がいるかと思うぐらい可愛いな。
悪いけどうちの娘が世界一かわいい。

姉夫婦は大喜びし、嫁が娘と退院してきたときには、甥っ子たちを連れて
迎えに来てくれた。ただ、俺はまだ両親が嫁に言ったことしたことを覚えてたから
あの人たちには会わせたくない、両親には知らせるなと口止めした。

そしたら義兄に外に連れ出されて、えり首つかまれた。

おまえの気持ちはわかる、俺でも腹を立てたと思う。
でも親は親なんだからもう許してやれ、孫の顔見せてやれって。

大人しい人だと思ってたのに、えらい腕力強くて意外だったな。

418 :名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日:2011/01/29(土) 12:56:56

嫁もやはりお義父さんお義母さんにお孫さんを見せてあげたいと言うので、
義兄が仲立ちをしてくれて、この正月、俺は嫁と子供を連れて実家に行った。

義兄の言うこともわかるが、俺はまだ両親を許す気にはなれず、もしあいつらが
また嫁を傷つけるような事を言いやがったらただではおかない、と半戦闘モードだった。

実家のあの座敷に通され、姉夫婦と一緒に、
ちょっと年をとって小さくなった両親と対面した。

俺がお久しぶりです、ちゃんと働いて、この人と暮らして、娘が生まれました、と
話したとたん、両親がぼろぼろ泣きはじめた。あの頑固な親父が畳につくほど頭を下げて
おまえにも嫁子さんにも本当にすまないことをした、許してくれ許してくれと泣いていた。
お袋もハンカチで顔を覆ってわんわん泣いていた。

それでもう許すとか許さないとかどうでもよくなったね。
俺は泣いている両親の肩を抱いて、もういいからと泣いた。

俺はともかく嫁がどう思うかが心配だったけど、
両親はその後、嫁が恐縮するほど嫁にも謝ってくれた。

それでまあ両親とは和解できた。
嫁とも話したけど、二人とも昔の人だから、何かきっかけがないと自分たちから
息子たちに歩み寄ろうとはなかなかできなかったんだろうな。

両親と義兄からは実家の会社で働かないかとと誘われたが、
今の会社が好きだし恩義も愛着もあるんでお断りした。

あと親父もお袋も、孫娘の可愛さにはデレンデレンだった。
さすが俺の娘だぜ。

それから嫁といろいろ話し合って、今週の水曜、
会社を半日休んで三人で区役所に行き、正式に籍を入れてきた。

三十路同士、しかも子供連れなんで結婚式だの披露宴だのはしないが、
これでちゃんと夫婦というか家族だ。

[コピペ]ほのぼの

426:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2011/01/29(土) 16:36:01

30になるちょっと前に離婚した、その一年半後に妻を紹介された。
高校を出て7年間、妻は俺の祖母の兄が営む田舎町の店舗に勤めていた。
安い給料なのに真面目に働く良い娘だという事だった。

その店舗はあまり利益が上がらず畳む予定であった。
そこで再就職先を紹介する代わりに俺との縁談を持ち込んだのであった。
あまり期待はしてなかったがそれでも妻を見た段階では正直言って断ろうと思った。

こけし人形を思わせる風貌で化粧しなれてませんと文字通り顔に描いてあった。
とても若い女性とは思えない感じのファッションセンスも気持ちを萎えさせた。

だが贅沢もいえないと思い直し適当に話を合わせていた。
しばらくしてここは若い二人でという感じで放置された。
妻はモジモジしていたが何かを決心したように核心を聞いてきた

妻「前の奥さんに逃げられたって本当ですか?」
俺「、、はい、そうですよ」
妻「男作られたって聞いてるんですけれど」
俺「、、そうなりますね」
妻「職場の人に言い寄られたんですよね?」

随分不躾な事を言い出す奴だと思った。空気が読めないのかなって気がした。
俺が答えずに居ると細い目を思いっきり開けて俺を見詰めて、

427:名無しさん@お腹いっぱい。投稿日:2011/01/29(土) 16:36:51

妻「私は大丈夫ですよ」
俺「何がです?」
妻「私は今まで男の人に一度も口説かれた事ないんです」
俺「一度も全く?」
妻「そうです、共学だったし知り合う機会も何度かあったのに」
俺「?」
妻「んだから安心できますよ!」

妻はドヤ顔をしてた。俺は笑ってしまった。
男に相手にされない事が何で自慢になるんだろうと思った。
でも妻のアピール?は俺の心へのピンポイント攻撃になった。
浮気の可能性がないというより、こいつと居ると面白いんだろうなと。

3ヶ月後には同棲をはじめ直ぐ籍を入れた。
妻は必要ないと言ったが半年後花嫁姿を見たいであろう御両親の事を考え
身重な妻と親族だけの神前結婚式を上げる事にした。
裕福ではないが純朴な御両親は俺側の親族の前で何度も頭を下げ妻を宜しくと言っていた。
「いい子です、自慢の娘です、高校しか行かせられなかったけど大事に育てました」
それを見て妻は大泣きをした(飄々としている妻が泣いたのを見たのはこの時だけである)

化粧が崩れたのを補正するために式が始まる直前に志村けんの馬鹿殿並みの白塗りをした。
変でないかと不安そうに小声で尋ねる妻に何度も「綺麗だよ」と言った。
本当にとても綺麗に見えた。

いつもどこかずれている妻と一緒になって十年余、
子供3人もちょっとアレな感じだが結構幸せである。

[コピペ]笑える

742 :おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2007/12/01(土) 22:25:29

昨日の、電話を受けた平社員と課長の会話です。
平「課長、東京ガスからお電話です」
課長「東京だす?」
平「ガスです」
課長「カスタム?」
平「東京ガ・ス・です!」
課長「東京ジャスデスク?」
ちょっとここで平社員がイライラ。
平「順番に言いますよ!東京!」
課長「東京」
平「ガンダムのガ!」
課長「ガ」
平「ガンダムのン!」
課長「ン」
平「ガンダムのダ!」
課長「ダ」
平「ガンダムのム!」
課長「ム」
平「です!」
課長「東京ガンダム」
平「だから違いますってば!!!!…ん????」
課長「????????」
私:(;゚;ж;゚; )ブッ
分かりやすくガンダムを例に出したら、ガンダムに影響されてガンダムになっちゃったよwww

765 :おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2007/12/04(火) 11:43:34

>742です。742に書いた事ほどの破壊力はないですが、先ほど課長&平社員の面白い事があったので書きます。
課長が平社員に資料作りの手伝いをお願いしていました。
課長「この紙を10枚ずつパッチンして」注:パッチン=ホチキスで止めるの意。課長語。
平「はい。……(無言で数えている)」
課長「ひいふうみいよおいつむう」
平「………」
課長「ななやあくうとお!」
平「…か、課長すみません、僕が分からなくなるので頭の中で数えてもらえますか^^;」
課長「ああゴメン…」
平「………」
課長「………」
平「………」
課長「…トォ!…」
平「!?」
課長「………トォ!…」
私 (;゚;ж;゚; )ブッ
なぜトォ!だけ口に出すの課長!
平社員はまた数えてたのがまた分からなくなって、数え直そうとするものの「…トォ!」が気になって、しかし一度注意したからまた言っていいものかマゴマゴしているのを見て
;`;:゙;`(;゚;ж;゚; )ブッ

767 :おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2007/12/04(火) 11:49:54

その後、その資料を綴じおわり、今度は5枚ずつ数えてだす課長。
課長「……ナッ!……ナッ!」
ナッと呟きながら紙を数える課長。
平1「(ナッてなんだ??の顔をしてる)」
平2「(ナッてなんだ??)」
平3「(ナッ??以下略)」
部屋中の皆が??の顔をしていたら、係長からメモが回ってきた。
『ちゅうちゅうたこかいな、だろ』
;`;:゙;`(;゚;ж;゚; )ブッ

817 :おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2007/12/06(木) 11:13:42

課長の趣味は園芸で、よく職場に季節の花や鉢植えを持ってきてくれる。
自分の机にもミントの可愛い鉢植えを置いて、眠くなると葉をむしってモグモグしている。←この行為も初めて見た時は (;゚;ж;゚; )ブッ と思ったが、今では日常茶飯事だ。
先日、「喫煙ブースにピッタリの植物があるんだ!持って来てもいいかな」とウキウキしながら係長に話していて、係長も「それは喫煙ブースが明るくなりそうですね」と言っていた。
翌朝、平社員が(´・ω・`)な顔で喫煙ブースから出てきて、タバコを吸わない私に「ちょっと喫煙ブースの中見てくださいよ~モウ」と言うので(?_?)と見に行くと、
『あなたの肺』と立て札がついた1mくらいの茶褐色の植物が。
『黒法師』という植物だそうです。

825 :おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2007/12/06(木) 15:02:51

あ、すみません>817はいつもの課長ですw
只今休憩中、課長は玄米茶飲みながら落花生食べてますw
あ、前回のちゅうちゅうたこかいな、を何故係長が分かったかというと、
係長が課長の作った資料で会議で発表中、資料のページ数の部分が『1、2、3、カイ、ナ』となっており、笑い堪え死にしそうになったと言っておりました

[コピペ]笑える

844: 本当にあった怖い名無し 投稿日: 2009/04/19(日) 21:04:35

大学2年の夏休み。俺は夜中にバイクを走らせていた。
犬鳴峠にさしかかって小心者の俺はビビっていた。
ここは心霊スポットって噂もある場所だからだ。
しかも時間もちょうど夜中の2時頃。他に走っている車もいない。

何か出たら嫌だな~と思いながら走っていたら前の方に白っぽい人影のようなものが見えた。
マジかよと思って急いで通り過ぎようと思ったんだけどどうやら幽霊にしては存在感があるというか
単に白っぽい着物を着たばあちゃんが立っているだけだった。

よく考えたらそんな時間にばあちゃんがひとりでこんなとこに立ってるなんてありえないんだけどさ。
でも俺は少しホッとして、どうしたんだろう?と心配する余裕もでてきた。
一生懸命呼び止めようとしていたばあちゃんの前にバイクを停めるとそのばあちゃんもホッとした様子で
「すみません、八女まで連れて行ってくれませんかねぇ」と言った。

ちょうど八女を通るつもりだったし放っておく訳にもいかないので
「あぁ、いいっすよ」と言い、ばあちゃんに後に乗ってもらった。
ヘルメットは彼女乗せるために後ろにつけてたのを使ってもらった。
ばあちゃんは何度もお礼を言いながら後ろに乗った。

845 : 本当にあった怖い名無し 投稿日: 2009/04/19(日) 21:06:24

走り始めてしばらくすると、ばあちゃんの腕がすごい力でしがみついてきた。
「痛いよ、そんなにしがみつかなくても大丈夫だから」と言ったけど
エンジンの音で聞こえないのか、それどころじゃないのか、しがみつく力はだんだん強くなって痛いくらいだった。

何だか後ろを見てはいけないような気がしたんだけどあまりにも様子がおかしいので俺は振り向いてしまった。

足が無かった。

見間違いだろうと思って反対側も見たが、やっぱり無かった。

だけど腹には凄い力でばあちゃんの腕が食い込んでいる。
俺はゾッとして、路肩にバイクを止めて後ろを確認した。

ばあちゃんは正座していた。

着物だったからバイク跨げなかったらしい。
んで恐くてしがみついてたらしい。

俺はばあちゃんを無事に送り届けて帰った。

[コピペ]ほのぼの

394:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2010/12/24(金) 00:11:27

飲食店接客業アルバイトだけど
今日来たお客さんで40代くらいのご夫婦がいた。
とにかく旦那さんがニコニコして楽しそうに奥さんに話しかけてる。
料理のメニューを一個一個読み上げながら、その度感想を言ってて
とにかく楽しそうで見てるこっちも自然と笑顔に。
奥さんも旦那さんの感想をうん。うん。と聞きながらニコニコしてたけど、なんか変な感じなんだよね。表情が堅いっていうか…。
で、オーダーが入って料理をその夫婦の席に運びに行った時にその違和感がなんだったのか気づいた。
奥さんは声が聞こえたら、その方向に顔を向けるから気づかなかったけど
目が見えてない人だった。

だから料理が来る度、旦那さんが「来たよ!彩りが凄くキレイ!○○(奥さんの名前)が好きな人参も入ってるよ!」とか
説明をしながら料理を奥さんが食べやすいように切り分けて、お箸を持った手を料理まで誘導させてた。
ドリンクもお酒をいくらか飲まれてたんだけど
一つひとつどんな味か説明しながら、奥さんの手をコップまで誘導させてた。
2人ともお帰りになられる時まで凄く楽しそうに話してらしたから
周りが思うほど奥さんの障害が隔たりになることは無いんだろうけど
旦那さんの健気な気遣いとか本当に楽しそうに奥さんに話してらっしゃる姿に泣きそうになった。
私も片方が障害を持っても変わらず愛し合えるような、あんな夫婦になりたい。

[コピペ]いい話

819:なごむ 投稿日:2011/02/04(金) 17:38:24

昔、当時中学生の弟が学校帰りに床屋で丸坊主にしてきた。

失恋でもしたのかと聞いたら、小学校からの女の子の友達が
今日から登校するようになったからだ、と。

彼女は今まで病気で入院しており、薬の副作用で
髪の毛が全部抜けてしまったらしい。

「女が丸坊主じゃ恥ずかしいって言ってたし、
だったら他にも丸坊主がいりゃいいかなと思って。
野球部の奴等は元々丸坊主だけど、野球部じゃない丸坊主がいた方がいい」

と弟は言っていた。

翌日、丸坊主で登校した弟は帰宅するなり

「同じ事考えた奴が一杯いた……」

と。

なんでも優等生から茶髪問題児を含め、クラスの男子全員が丸坊主か
それに近い頭になっており、病気の子と仲が良い女の子達までベリーショート
一人は完全な丸坊主になってたらしい。
更に担任の先生(男性)まで丸坊主。

丸坊主だらけの教室で、病気の子は爆笑しながら
「ありがとうありがとう」と泣いたという。

示し合わせたわけでもないのに、
全員同じ事考える当時の弟のクラスに和んだ。
ちなみに病気の子は今も健在、弟は意外に丸坊主が
気に入ったらしく、それからずっと丸坊主。

[コピペ]ほのぼの

691 : 690 投稿日: 2010/03/10(水) 12:23:31

息子の友達が 昨日、遊びに来たのよ。
大学落ちまくって なんとか最後にひっかかって入学許可をもらったらしい。
それで、彼らの話を聞いてる間に俺もいろいろと思いだした。

思いかえせば14年前のこと。
ある日、突然に 28の毒男が、3才の息子ができたのよ。
はじめて会った時、嫁の縮小コピーってかんじだっけな。

電車の中で騒ぐガキがうざいとか
親子連れを見てもイライラしてた自分には
可愛いかったのかと、聞かれても 正直「?」なわけ。

一緒に暮らし始めた頃、
話しかけても、軽く無視をするか嫁の後ろに隠れてた。
たまに、じーっと俺を見てたと思ったら、すっと視線もそらす
保育園に迎えに行っても、ふーんってな顔されたり、
先に駆け出していっちまったり…
まぁ 嬉しいことではないが、そんなしぐさも、
ちょっとおもしろいと思ってた。

嫁の仕事はかなり不規則でハードな仕事なんで
息子は赤さんの頃から、嫁と離れてることには慣れている。
保育園や託児所に、息子を置いて行くときも泣いて嫌がったことは
今までに、一度もないという。エライ自立したガキだと、思った。

692 : 690 投稿日: 2010/03/10(水) 12:24:31

お互い変な緊張はなくなったが、態度はかわらぬ息子。
俺も自由気ままにビデオみたり、本をみたり過ごし
息子は息子で、時々、でゅひ!とかボクンとかいいながら
ポケモンを闘わせて妄想の世界で楽しむというかんじ。
だが、いつも 俺の足だったり、背中に、足を乗せてきたり
どっか体をくっつけて遊ぶんだ。俺に気がつかれると、サッと元に戻す。

めんどうくさいんで、膝に乗せてやったら、
俺の顔をいじくるわ、ヒゲそり後のジョリジョリをいつまでもさわってきやがった。
あんまり、うるさいんでコラ!といったら、ニッコリ笑いやがった。

不覚にも 可愛いと思った。
それと、今まで、どんなに寂しい思いを我慢してきたんだろうと考えたら、
ちょっと目から汁がでた。

そんな息子の誕生日。「何が欲しい?」と聞いた。
答えは、「銭湯に行って男湯にはいりたい」だった。

もちろん、露天風呂のついた銭湯へ!
それからは、風呂を入れるのは俺の役目となった。
少々、窮屈なのは我慢しよう。
ただ、珍しがって股間を覗くのは、犯罪行為だと注意した。

しばらくして、嫁の仕事も落ち着き、生活に慣れてきた頃、
息子を預けて、北海道に新婚旅行に行くことになった。
荷物は、すでに送っていよいよ出発となった。
嫁はすごく楽しみにしてたし、満足してた。

だが、空港に着くなり、俺がダメになった。
飛行機が落ちたらなんて、今まで考えたこともない事が浮かぶ。
息子の顔のナキベソが浮かぶ。

天候のせいで便が遅れているというアナウンスに反応してしまい
その勢いでキャンセルしちまった。

ついつい、払い戻しで伊豆行きの特急券を購入しちまった、3人分。
「イドリコ、イドリコ」とはしゃぐ息子。踊り子号だバカタレ!

693 : 690 投稿日: 2010/03/10(水) 12:27:28

それから、ちょっと成長して、息子が夢中になったのは
ザリガニ。俺の職場と自宅は歩いて5分のところ。

昼休みの時間を見計らって、息子が現れる。
バケツ一杯のザリガニだったり、ダンゴムシだったり、カメムシだったりを自慢しに来る。
かなり面食らうが、今日は何だろうと…ひそかな楽しみでもあった。

周りから、カワイイといえるのは、今のうちだよと、強迫めいた言葉を尻目に、
ランドセルに背負われて入学式。
俺もからかいネタの収集のために参加したよ。

この頃より、夢中になったのは 映画。
映画は、のびたの…とか、しんちゃんの…には、行きたがらない。
アニメといっても、宮崎アニメ
俺の好みの洋画にばっちし、バッティングしてきた。
スターウォーズ ロスト・ワールド メン・イン・ブラック GODZILLA
なかでも、スターウォーズは、ヲタク並み。
ロスト・ワールドの影響で、考古学者になりたいだと吠えだした。
なので、軽く夢を潰しに、いわきや多治見に化石堀の困難さを経験させに連れて行った。
帰りに、あまりの興奮で熱だしやがったけどな。

学校では、おきまりの学級崩壊やイジメなどの問題が山積み。
当事者になるには、弱虫すぎるので安心していたが、
巻き込まれて、泣きをみるのではないかと心配した。みごと的中!

友達の高級品紛失事件。ふてくされてひとりで登校拒否するなんぞ
百年早いわ!しょうがないから、有給休暇という出社拒否をしてやった。
ついでに、出始めたばかりのDVDレコーダーを買いにいって、
キレイな画像を一緒に初体験したっけね。
ま、それも担任の先生が息子の事をよくわかってくれたから
たった3日のお楽しみに終わったけどね。毛が薄くなった気がしたよ。

694 : 690 投稿日: 2010/03/10(水) 12:30:13

中学校になったら、ライトセーバーを振り回したかったのか剣道に夢中になりやがった。
こっちもつられて、剣道アニメとかにはまちゃったりしちゃったヨ。

でも、助かったよ 竹刀を喧嘩の道具じゃないとか、剣の道とか言い出したり
ヘナチョコ剣士で負けては凹んでたけど、剣筋はキレイだった。
そういえば、剣道は勝ち負けじゃないってイイワケも格好よかったゼ!

高校受験も、肝冷やしたよ。
中学ぐらいだったらなんとか教えられると思ってた俺だったけど
教える能力が皆無だったことに気がついた。よく、喧嘩したな。
アタマは悪くないだろうけど、やる気スイッチがみつからなかったね。
最後の手段でカテキョに任してしまったけど、よく頑張った!

695 : 690 投稿日: 2010/03/10(水) 12:31:14

高校時代はの息子は、何を考えてるのかわかんなかったよ。
ネトゲにはまってみたり、あんまり楽しそうなんで、
つい俺もやっちまったじゃないか。

「おとん!エヴァは面白い!」と、なんだかわからんうちに
映画に連れて行かれたな。みごと、はまった俺。

だが、修学旅行の土産に…アスカのフィギュアはちと痛い。
ちなみに、レイちゃんのが好みだ。

高校生になって、クソ生意気なこといいながらも、足癖は直らない。
わざわざ俺の部屋にWiiを持ち込んで大剣で狩りをする。
足は相変わらず、俺の足の上。笑っちまうゼ。

それに、あれだぞ…ネットのネタだったとはいえ、歴史や社会情勢で
息子と討論するなんて、想像できなかったよ。
「やらない善よりやる偽善」とか、目が点になった。

最近だと、国母くんの問題。
俺が、ああいう格好は見慣れたもんだし、壮行会中止はやりすぎだと言ったら、
記者会見の態度がいけない。思っても口に出したりしないのがオトナ。

んん??  ・・・完敗

来月で、19歳になる息子。
背もみごとに追い抜かされた。アタマを叩くこともままならぬ。

躾とか、人生を教えるとか、父親としての自信なんて、
かけらもなかったが、息子が父親に育ててくれた気がする。
俺が未熟なんだからできっこなかったしね。

反対に、俺が学んだことが多かったな。
泣いたり、怒ったり、喧嘩したり、理不尽なこともあったが、
子育ては、十分 楽しませてもらった気がする。

あと、1年で成人。オトナになっちまうんだな。
俺も子離れしないといけないな。