これを作ったシェフを呼んでくれ
299:おさかなくわえた名無しさん:2012/04/22(日) 11:31:32
深夜のすき家へ行って料理が運ばれた後で
「すまないが、これを作ったシェフを呼んでくれ」と言い、困惑した店員に
折り紙の金紙を3枚も使った豪華な星を渡しながら
「3ツ星だ、素敵な時間をありがとう」とナプキンで口元を拭きながらほほ笑む罰ゲームが
今までで一番恥ずかしかった。
893事務所にエアコンの設置に行くことになった
30:おさかなくわえた名無しさん:2013/06/06(木) 13:13:28
数年前の話。
俺は家電設置の仕事をしていた。ある日、893事務所にエアコンの設置に行くことになった。
嫌だなと思いつつもいざ事務所へ。ジャージの組員がやたらと頭をペコペコ下げ案内してくれた。
設置するのは組長(?)の部屋なんだけど、組長室みたいなものではなくプライベートルームだった。
そこは組長しか出入りしないらしい。そして組長に部屋に案内された俺 ...
あちらのお客様からです
264:風と木の名無しさん:2013/05/26(日) 21:25:45
今日カフェにいたらあちらのお客様からですってケーキがきた
えっなにこれこんなの初めてっていうか今時こんなことする人が
というかなぜ私ーーーーと色んな考えが駆け巡った末
あちらのお客様の方を向いたら見たこともないようなドヤ顔で手を振る父がいた
私「………父です」
店員「素敵なお父様ですねwww」
顔から火が出るかと思いました ...
おまえ、将来、何かやりたいことはないのか?
450:名無しさん@お腹いっぱい。:2011/01/23(日) 10:59:13
親父の話。
高校1年の夏休み、両親から「大事な話がある。」と居間に呼び出されたんだ。
親父が癌で、もう手術では治りきらない状態であると。
暑さとショックで、頭がボーっとしてて、変な汗が出たのを憶えている。
当時、うちは商売をしていて、借金も沢山あった。
親父が死んだら、高校に通えるわけがないことは明白だった。
そして俺はお ...
私が池沼と付き合ってた時の話をしていく
池沼 = 知的障害者のネットスラング。
色々言いたいことはありますが、1つだけ。
もうとんでもなく、リアルです。是非読んでみて欲しいです。長いですが。
21:名も無き被検体774号+:2011/11/21(月) 16:12:21.91 ID:g/MtPCruO高2の時にクラス替えがあった
学校は2年に一度だけクラス替えがある仕組みだった
中学の友達も多かったしどっちかというと社交的な自分は友達多い方で
軽トラで旅する3人の外国人
ほっこりする話が多いことで有名な日本に旅行に来た外国人シリーズコピペです。心が荒んでしまった時にオススメです。
1:名も無き被検体774号+:2012/03/06(火) 23:26:11暇な人は付き合ってくれ
うちは結構田舎で、毎年世帯数が減っていくような地区なんだ。
で、ある時、色々あって、とある家の持ってた土地がうちのものになることになったんだ。
と言っても大した話じゃなくて、あれ?あそこの土地って持ち主いたの?み ...
【後日談】嫁と帰ってきたら廊下に土足の足跡があった
以前紹介した空き巣と対峙した話、結構好きなネタなんですが、
【コピペ】嫁と帰ってきたら廊下に土足の足跡があった
これの後日談的なものがあったのを知りませんでしたので紹介したいと思います。
75:名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/11(土) 11:51:41かなり長い話だけど投下
とある日曜日、俺と嫁が昼食を外で食べて家に帰ったら
様子がどこかおかしい。
廊下に土足の足跡がペタペタあった。 ...
ラッキーガールの我が娘
相変わらず子どもネタには弱い僕です。自分に置き換えちゃって大変です。
二歳の子どもに異変が起こるところから始まります。
突然だけど、うちの娘の話をしたいと思う。
うちの娘が二歳の時だ。娘の様子がおかしいことに気づいた。
言葉の発達が遅いのは以前から気づいていたが、あらためて考えるとおかし
いことだらけなのだ。
食事は手掴みで口に押し込む……
いつまでもおむつが取れない……
人の話を聞かず常に ...
わたしの復讐劇9 – 子供は両親に預け、自分は慰謝料と養育費で好きな男と暮らす
大好評「わたしの復讐劇」シリーズ。9回目です。
タイトルどおりのひどい話です。苦手な人は読まないことをオススメします。
98:長いです1:2013/05/05(日) 11:47:37
罪に問われないと分かったので、去年起こった姉妹修羅場を吐き出します!!
私は大学生、妹は高校生。
ある冬の日、妹が駅前のミスドで友達と喋っていたら、
隣の席の女性二人の会話が聞こえてきたそうです。その内容が
『今旦 ...
父とのキャッチボール
37:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/23(金) 23:13:26
私の父は、高校の時野球部の投手として甲子園を目指したそうですが、
「地区大会の決勝で9回に逆転されあと一歩のところで甲子園に出ることができなかった」と、
小さい頃良く聞かされていました。
そんな父の影響もあってか、私は小さい頃から野球が大好きで、野球ばかりやっていました。
父も良くキャッチボールをしてくれました。
そ ...