とんでもないところに嫁いでしまい、義理の母(トメ)義理の父(ウト)からの執拗なイジメに会い、肝心の旦那からは助けてもらえず、なんていつの時代?なエピソードを紹介したいと思います。ずいぶん前の話ですが、超強力です。
電車どころかバスも一日一本しかない超ド田舎のクソ膿家に空気夫とウトメと同居して六年。
朝は四時半にトメの掃除機(私が寝ている部屋の障子のへりにゴンゴン音を立てて起こす)で起床。
身支度などする間もなく田畑のチェックと野菜の収穫、何をもいできても文句を言われるのは二年目に慣れた。
形が悪く虫だらけの野菜と格闘して朝食の準備、ウトと二度寝のトメと夫を起こす。
食べている間にチェックした箇所の報告をして(当たり前のように返事はない)息子らを起こしてお世話。
ウトメと夫が出ていってから息子らと朝食。二層式の古い洗濯機を回しながらセカセカと動く。
息子ひとりにつき卵一個と決められ、私はウトメたちが残したものを舐めるようにこそぎとってご飯と一緒に流し込む。
みそ汁の残り、トメ製漬け物の切れ端(皿に盛ると文句を言われるので端っこはよけてある)、おすそわけの梅干しなど。
庭とは呼べない敷地で息子らが遊んでいる間に掃除、洗濯、朝食の後かたづけ、昼の弁当の用意。
塩むすび、うめぼし、たまごやき、お中元お歳暮の時期は焼いたハムなどをつけるが当然わたしには当たらない。
ハムやかたまり肉は誰かの分に端っこが入っていないと食べたのがバレて文句を言われるから、欲しくもない。
田畑まではウトメが軽トラ、夫が車に乗っていくので私は歩いて三人分のお茶を弁当を持ち、2~3キロの距離を歩く。
妊娠中も、赤ん坊の頃でも、熱があっても腰が痛くても、おんぶひもと抱っこの時期でも。
どこにいるのか知らされないし私は携帯を持っていないので、近いところから探して回る。
軽トラの運転席、助手席、車の運転席にそれぞれ弁当とお茶を置いて、声をかけて(無視されて)家へ戻る。
息子らは足腰が強い子どもに育っていると思うし、最近は楽しんで遊びながらでも歩いてくれるので楽になってきた。
切なすぎる。涙。
こんな事ってあるのでしょうか。ネタだとしてもリアリティあり過ぎ。気になる続きは以下よりどうぞ