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笑顔の向こう側に彼が守りたかった物


自作小説です。あまり深く考えないで読んでみてください。ちなみに僕の事じゃありませんので。
彼はそのとき途方にくれていた。
新しい部屋、新しい車、そして何より新しい彼女。
これでよかったんだと自分に言い聞かせる。そんなときは決まって、今までの思い出が走馬灯のようにゆっくりとゆっくりと頭の中を走り抜けていく・・・
あれは3年前の桜の咲く頃だった。当時は社会人になりたての頃に彼と彼女は出会った。
彼は彼女の明るい笑顔にひかれた。あまり口数が多いとは言えない彼は、その彼女の笑顔が自分まで明るくしてくれるようにさえ錯覚していた。
ありふれた言い方をすると彼女はまさに太陽のようだった。
いつしか彼は自分の目線の先が常に彼女のところにあることに気づきはじめた。
これは恋・・・
彼がそう思ったときには二人はすでに接近していた。今まで見せることがなかった程、彼は衝動的に彼女との時間を増やしていた。
彼女も普段物静かな彼が時折見せる、燃えるような情熱をふつふつと感じ、答えた。
二人は元々そうなる予定だったかのように、付き合いを始めた。週末はいつも彼の家に彼女が来てささやかな食事会を開いた。
彼はこの幸せをかみしめ、このまま時が止まってしまえばといつも思っていた。この胸の高鳴りを信じて。
それから2年。彼は焦っていた。いつまでも自分の手の中にいようとしない彼女に。
何が問題なのかは誰もわからない。
もしかしたら彼女はまだ若すぎたのかもしれない。彼もそんな彼女に苛立っていたのかもしれない。
彼女は元々の人当たりのよさから幸か不幸か友人も多く、夜でかけることもしばしばだった。
「結婚しよう」
彼がそう言ったとき、彼女は正直慌てた。彼女も彼のことは確かに愛していた。
でも彼女はベッドの中や、ケンカをして仲直りをしたとき、友人の前でひやかされたときにはそう言ったことはあるものの、自分の中で現実として「結婚」の2文字は受け止めることは出来なかった。
いろいろなことが彼女の中に巡っては消え、一瞬の間に多くの事を考えた。そうは思ったものの彼女はうれしかった。
彼の正直な気持ちが伝わって素直に喜ぶことができたからだ。
彼が自分の気持ちをストレートに伝えてくれたことがなかったせいもあってその言葉はやはりうれしかった。
「いいよ」
彼女は真剣に答えた。いつもなら冗談でも言って笑い飛ばせるのに。
それから半年。何もかもが変わった。彼は仕事を変え、環境も変わった。同じ職場の頃は合っていた休みも合わなくなり、彼も新しい職場でつらいこともあっただろう。
今となっては何が原因だったのかは理解することさえ難しいことだが、二人の間に少しずつ、亀裂が入っていった。それは手抜き工事を施したコンクリートの壁が月日を経て少しずつ、少しずつひび割れていく様に似ていた。
彼女は人一倍さびしがり屋な所もあったから、忙しい彼と会えないときはいつも誰かを誘って夜の街へ出かけていった。
彼はそんな彼女を叱るともせず、ただ黙って見ていた。彼女を信じていた。あのとき
「いいよ」
と言ってくれた彼女の照れくさそうな、それでいて幸せそうな笑顔を。
「あいつなら分かってくれる。」そう言い聞かせながら。
その男と彼女が関係をもってしまったのは夏の暑い夜だった。いつもの会社の飲み会の後、彼女は男に車で送ってもらっていた。職場では先輩だったその男も彼の元同僚だから彼女にとってその男は兄のような存在だった。
彼とケンカしたときは決まって男に電話して愚痴をこぼしていた。男はいつも彼女の愚痴に反発して叱っていた。その夜も彼女の愚痴から始まった。男は彼女に説教しながら、彼女のことを密かに想っていた。彼女の事にひかれながらも、元同僚の彼とはよく飲みに行く程の間柄だから彼には幸せになってほしい。
でもその夜は違った。営業成績も伸び悩み、仕事がうまくいかなくて自暴自棄になっていたのかもしれない。彼はいきなり彼女の唇を奪った。
彼女にとってあのキスは忘れられないものになった。もう結婚式の式場も決まり、後は式をするばかりの状況で彼女は慌てた。知らず知らずのうちに男のことが気になってきている自分に。
結婚式まで後半年というときに彼女は禁断の実をついに食べてしまったのだ。
男と彼女はその絶対秘密の情事に燃え上がった。結婚までの期限付きの恋愛。結婚が近づくにつれ彼女は困惑した。気がついたら生活の中心に男が入ってしまっていた。
結婚なんてやめてすぐにでも男の元に走りたい、そう願うようにさえなってしまった。
彼はというと相変わらず、自分のすることを黙って傍観するだけ。どうしていいか分からない、ストレスのたまる毎日を彼女は過ごした。
結婚式は幸せだった。彼は安心していた。やっとあの彼女が自分のものになった満足感でいっぱいだった。結婚前はケンカの毎日だった。でもそんなつらい日々も今となってはいい思い出、とさえ思うようにさえなっていた。彼女のほうは相変わらず男のことを考えていた。
新婚旅行の夜、本当だったら誰もが幸せ一杯になる夜に彼女は全てを打ち明けた。
彼はその事実に愕然とした。彼女に腹をたてる代わりに自分に腹をたてた。なぜもっと早く手をうたなかったのか!
彼もうすうす気づいていた。結婚という儀式がそれを救ってくれるような気がして彼は安心していたのかもしれない。
悪夢のような一週間の海外旅行を終え、帰国した後は、何もする気がおきない、無気力な、毎日が暗闇のような日々を彼は過ごした。
今ではあの事が遠い昔のように彼は感じていた。今の彼女との暮らしも悪くない。
それまで一度も頭から離れることがなかった前の彼女のことを最近忘れてしまうことがある。今の彼女はそれを忘れさせてくれる何かを持っていた。
君がいなかったら俺はどうなってたかわからないよ。
と彼は彼女にいつも言う。彼女はそんなとき決まって照れくさそうな笑顔を見せる。前の彼女を彷彿させるその笑顔。今度は本物だと彼は実感している。
この笑顔をずっと守りたい。彼は冬から徐々に変わり始めた夏の星座を眺め、思うのだった。

物語

Posted by ayu