『センチメンタル・バリュー』が描く“家”と世代間トラウマ|150年続く一軒家に刻まれた記憶と和解の物語

『わたしは最悪。』で世界の映画ファンを虜にしたヨアキム・トリアー監督が、今度は“こじれきった父娘”の再会を通して、家族の記憶と芸術の力を描く最新作『センチメンタル・バリュー』。舞台女優として生きる姉ノーラと、家庭を選んだ妹アグネスの前に、かつて家族を捨てた映画監督の父グスタヴが15年ぶりに現れ、「お前のために書いた」と語る自伝的映画の主演をオファーしたことから物語は動き出す。撮影場所は、彼女たちが育った思い出の一軒家。そこには、戦争の傷を負った祖母から受け継がれた「家」と「記憶」のヒビが刻まれている。ノルウェー発の本作は、第78回カンヌ国際映画祭グランプリ、第98回アカデミー賞主要部門ノミネートと、世界中で高い評価を獲得。レナーテ・レインスヴェ、ステラン・スカルスガルド、エル・ファニングらによる繊細で痛切な演技が、家族の赦しと和解の難しさ、そしてそれでも関係を結び直そうとする人間の「センチメンタル・バリュー(感情的な価値)」を鮮やかに浮かび上がらせる。
センチメンタル・バリュー:ネタバレなし感想
「わたしは最悪」のヨアキム・トリアー監督作。
母の死をきっかけに再会した父と姉妹、そして家という「器」を通して、世代を超えて受け継がれる喪失感、家族だからこそ分かり合えないという確執を描いた傑作ヒューマンドラマでした。
3人の視点が、父の映画制作のプロセスと共に、感情がすれ違い変遷する様が大変リアル。
北欧家具が整然と並んだ実家の美術、明暗を使った撮影も素晴らしかったです。
あと、ラスト…すごい良かったです(涙
センチメンタル・バリュー:作品詳細
原題:Affeksjonsverdi(英題:Sentimental Value) 製作年:2025年 製作国:ノルウェー、フランス、デンマーク、ドイツ
上映時間:133分 ジャンル:ヒューマンドラマ 配給:ギャガ
センチメンタル・バリュー:予告
センチメンタル・バリュー:キャスト・スタッフ
- レナーテ・レインスヴェ:ノーラ・ボルグ(舞台女優の姉)
- ステラン・スカルスガルド:グスタヴ・ボルグ(映画監督の父)
- インガ・イブスドッテル・リッレオース:アグネス・ボルグ・ペッテルセン(歴史家の妹)
- エル・ファニング:レイチェル・ケンプ(ハリウッドの若手スター女優)
- レナ・エンドレ:イングリッド(父の旧友/家族の歴史に関わる人物)
- アンデルス・ダニエルセン・リー:ヤコブ(ノーラの同僚俳優)
- 監督:ヨアキム・トリアー
- 脚本:ヨアキム・トリアー、エスキル・フォクト
- 製作:マリア・エケルホフド、アンドレア・ベレントセン・オットマール
- 製作総指揮:レナーテ・レインスヴェ、ステラン・スカルスガルド、エスキル・フォクト、ヨアキム・トリアー ほか
- 撮影監督:キャスパー・トゥクセン
- 編集:オリヴィエ・ブッゲ・クエット
- 美術:ヨルゲン・スタンゲビー・ラーセン
- 衣装:エレン・ダーリ・イステヘーデ
- 音楽:ハニャ・ラニ
センチメンタル・バリュー:あらすじ(ネタバレなし)
舞台はノルウェー・オスロ。ノーラは舞台女優としてそこそこの成功を収めながらも、舞台に立つたびに激しい不安と緊張に襲われる繊細な人物だ。妹アグネスは歴史研究者として堅実な生活を送り、夫と息子との家庭を大切にしている。2人は、長年疎遠だった父グスタヴのことを心のどこかで気にかけながらも、母と共に築いた「父のいない家族」として、なんとかバランスを保ってきた。
物語は、母の死をきっかけに、姉妹が久々に実家へと戻ってくる場面から始まる。そこにふいに姿を現すのが、かつて家族を捨てて映画の世界に逃げ込んだ映画監督の父・グスタヴ。彼は、自身にとって15年ぶりとなる新作映画の脚本を書き上げており、その主役としてノーラに出演してほしいと申し出る。脚本は、戦時下を生きた彼の母(姉妹の祖母)のトラウマをモチーフにしたもので、家族の歴史と深く結びついていた。
しかし、幼少期に父に捨てられた記憶が消えないノーラは、脚本を読むことすら拒み、オファーを突っぱねる。その後、グスタヴの作品はアメリカの配給会社やストリーミングサービスの目にとまり、ハリウッドの若手スター女優レイチェル・ケンプが主演に決定。撮影は、姉妹にとって子ども時代の記憶が詰まった実家で行われることになる。
家族を捨てた父が、今度は「家族の物語」を映画にしようとしている――その事実に、ノーラは強い反発と混乱を覚える。一方、アグネスは、父との距離をある程度保ちながらも、歴史家として「家」や家系に刻まれた傷を客観的に見つめようとする立場にいる。そこへ、外から突然現れたレイチェルが、何も知らない第三者としてこの家族の中に入ってきたことで、微妙な力学がさらに揺さぶられていく。
父と娘、姉と妹、アーティストと観客、映画の中の「役」と現実の「自分」。複数の関係性がひとつの家の中で交錯し、これまで言葉にされなかった感情が、少しずつ表面に浮かび上がっていく。やがて脚本の内容と、実際の家族の歴史、そして撮影される「映画のラストシーン」が奇妙に響き合うとき、ノーラとアグネスは、それぞれが父と自分自身に向き合うことを余儀なくされる。
センチメンタル・バリュー:解説
ヨアキム・トリアーは『リプライズ』『オスロ、8月31日』『母の残像』『テルマ』『わたしは最悪。』といったフィルモグラフィで知られる、現代ヨーロッパを代表する作家監督の一人。本作は長編6作目にあたり、脚本家エスキル・フォクトとのコンビで紡がれてきた「オスロ三部作」の延長線上にある、“家族と記憶”を正面から扱った集大成的な1本と位置づけられている。舞台はこれまでと同じくオスロだが、今回は「1軒の家」とそこに刻まれた150年にわたる家系の記憶を軸に、世代をまたぐトラウマと赦しの物語が描かれる。
主演のレナーテ・レインスヴェは、『わたしは最悪。』でカンヌ国際映画祭最優秀女優賞を受賞し、一躍世界の注目を集めたノルウェーの俳優。本作でも、父への怒りと愛情、自責の念と演劇への執着といった複雑な感情を、台詞以上に“赤くなる頬”や視線の揺らぎなどミクロな演技で表現している。対する父グスタヴを演じるステラン・スカルスガルドは、北欧映画からハリウッド大作まで幅広く活躍してきた名優で、自己中心的でありながらどこか憎みきれない「老監督」を立体的に体現し、ゴールデングローブ助演男優賞など多数の賞レースを席巻した。
妹アグネス役のインガ・イブスドッテル・リッレオースは、本作で一躍国際的な注目を浴びた新鋭。大きなリアクションよりも、家族を見守る静かな眼差しや、ふとした瞬間に露わになる葛藤で観客の心を掴む。また、ハリウッド女優レイチェルを演じるエル・ファニングは、「外から来た他者」としてこの家族に入り込み、無自覚に彼らの痛点を浮き彫りにする存在として機能する。彼女のキャラクターを通じて、映画業界の国際共同制作や、ストリーミングサービス(作中ではNetflix)が資金源となる現代的な制作事情もさりげなく描き込まれている。
制作面では、『テルマ』以降もタッグを組んできた撮影監督キャスパー・トゥクセンと編集オリヴィエ・ブッゲ・クエットが再集結。柔らかな自然光と緻密なカラーグレーディングで、家の内外の空気感や登場人物の心の揺れを映像に落とし込む。音楽はポーランド出身のピアニスト/作曲家ハニャ・ラニ。ミニマルなピアノとアンビエントなサウンドが、物語の余白や沈黙を豊かに支えるスコアとして高く評価されている。
本作は、2025年・第78回カンヌ国際映画祭コンペティション部門でグランプリを受賞し、19分間におよぶスタンディングオベーションが話題に。続く第83回ゴールデングローブ賞では作品賞(ドラマ)、監督賞、脚本賞、非英語作品賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞(Wノミネート)と、主要7部門8ノミネートを果たした。第98回アカデミー賞でも作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞(2名)、脚本賞、編集賞、国際長編映画賞と、計9ノミネートという快挙を達成し、現代家族ドラマの到達点として世界的な評価を確立している。
センチメンタル・バリュー:関連サイト
- 公式サイト:https://gaga.ne.jp/sentvalue_NOROSHI/
- Filmarks:https://filmarks.com/movies/122221
- 映画.com:https://eiga.com/movie/103740/
- JustWatch:https://www.justwatch.com/us/movie/sentimental-value
- IMDb:https://www.imdb.com/title/tt27714581/
- 『センチメンタル・バリュー』本予告公開 ヨアキム・トリアー監督のメッセージ動画も|Real Sound: https://realsound.jp/movie/2025/12/post-2262113.html
- 『センチメンタル・バリュー』オスカー候補2人のインタビュー映像 日本へのメッセージも|Real Sound:https://realsound.jp/movie/2026/02/post-2296271.html
センチメンタル・バリュー:配信
2026年2月現在、配信はありません
センチメンタル・バリュー:SNSでの主なユーザーレビュー
観終わったあと、タイトルの「センチメンタル・バリュー」という言葉がじわじわ効いてくる映画。捨てられた娘として父を許せないノーラの頑なさと、その裏にある愛情の残りかすがとてもリアルだった。家族を捨てた映画監督の父が、自伝的映画という形でようやく過去と向き合おうとする姿も痛々しい。大きなカタルシスはないのに、静かに感情が揺さぶられていく。トリアーらしいユーモアと残酷さのバランスが絶妙で、『わたしは最悪。』が好きな人にはたまらない一本だと感じた。
親子ものの映画は数あれど、ここまで“赦せないけど切れない関係”を真面目に描いた作品は珍しい。ノーラとアグネス、正反対の姉妹の描写がすごく丁寧で、ちょっとした表情の変化や沈黙に積み重なった歴史を感じる。戦時中のレジスタンスとして拷問を受けた祖母のエピソードが挿入されることで、トラウマが世代を超えて連鎖する怖さも伝わってくる。レビューを書きながら思い出し泣きしそうになった。上映時間133分だが体感はあっという間。
レナーテ・レインスヴェが本当にすごい。舞台恐怖症で声が出なくなるシーンなど、姿勢や呼吸だけで不安を表現していて息が詰まりそうになった。ステラン・スカルスガルド演じる父も、自己中心的なのにどこか憎めず、リアルな老芸術家像。映画の中で映画を撮る入れ子構造だから、セリフや場面が何度も変奏されていく仕掛けも面白い。カンヌで19分のスタンディングオベーションという話も納得の完成度で、2020年代の家族映画のマスターピースと言いたい。
大声で泣かせようとしないのに、気づいたら涙が出ていた。父娘が真正面から謝ることも、はっきりと和解することもない。でも脚本の一冊を通して、言葉にできない思いが少しずつ滲み出てくる構成が美しい。ノーラの息子や妹の夫といった周辺人物も、単なる“良い人”で終わらず、それぞれの弱さを抱えているのが印象的だった。家族にモヤモヤを抱えている人ほど刺さると思うので、心の準備をしてから観に行ってほしい。
派手な出来事は少ないが、とにかく会話と沈黙だけで見せる映画。家族をネタに映画を撮る父親と、その題材にされる娘という構図がなかなかエグくて、クリエイティブな仕事をしている人間ほど胸が痛くなるはず。劇中劇のワンシーンが時々ものすごい格調高さで差し込まれ、「現実より映画のほうが正直なのかも」と思わされる。終盤、ノーラがある決断をするシーンで、静かに背中を押すようなショットが忘れられない。今年ベスト級の一本。
















ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません